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『反戦後論』浜崎洋介著を読んだ。

『反戦後論』浜崎洋介

たいへん面白く読んだ。浜崎さんは、私にとって、教師である。私にとって、分かりにくいことも、かみ砕いて、熱意を込めて語ってくれる。その語り口は、説き伏せる、というのではない。理路をつまびらかにする、と表現すれば正しいだろうか。一つ一つの主張に対して、必ず理由をつけて、それから必要であればたとえ話を入れてくれる。常識的な大人の態度を示している。


そして、その問題としているところが、まったく現代的であるというところが、ぐんぐんと読み進めることができる理由である。


現代的な問題とは、理想(文学)と現実(政治)、その両者に引き裂かれている、ということだ。例えば、政治的な言説については、「リベラル」という理想的なことしか述べることができないか、反対に現実的な「保守」なことを言う、という二つのイデオロギーのどちらかに回収されてしまう。


これは、自分が発言することが世間にどう扱われるか、ということでもあるが、深刻なのは、自分自身が心の中で思うことが、自分自身の中でこの二つのイデオロギーにパッケージされてしまうことである。もしくは、あいつは「リベラルだ」とか、それって「保守ね」とか、他人の言説をすぐに決めつけてしまうこと。


そうした分裂をそろそろ止めにしよう、というのが本書の主張だ。


戦前というのは、理想と現実が一致していた。軍国主義の中で「国家=国民」、「理想=現実」という、窮屈な世界であった。これが戦後になって、「国家か国民」、「理想か現実」という二択に分裂する。けれどもそろそろその分裂の結節点を見極めていかないといけないだろう、と言う。


「今、必要なのは、『政治』と『文学』を分離した後に、そのどちら側かに立ったつもりで、結局は両者のけじめを曖昧にしていくような『戦後』的思考ではなくて、『政治』と『文学』を区別することによって、むしろ両者の接点がどこでどう生きているのかを見つめる思考ではないのかということである」(p.282、傍点原文)


では、その「接点」とはどこにあるのか。


それは、仮面と素面との間での「生活の実感(p.47)」であり、共同体における役割を果たす「生きがい(p.129)」であり、自由や平等ではなく人と人との間に灯る「小さな焔(p.234)」であり、他人との関わりのなかでこわばりをみせる「〈性格=業〉を引き受ける(p.275)」ことである。


このなかで特に、最後の「〈性格=業〉を引き受ける(p.275)」は、春風亭一之輔を通じて論じられていて、新鮮で興味深かった。


三島由紀夫、福田恆存、小林秀雄を通じて、これらの接点を見出していたところは、「分かるけれど厳しいよね」と思うのだが、落語のユーモアを通じて、自分の性格を自覚して笑い、他者とのこわばりを揺らして解きほぐす。


そこに「理想と政治」、「国家と国民」の接点を見出すなら、とても新しいことでワクワクするようである。落語の世界に少し触れてみたい気持になった。


あと心に残ったのは、引用されていたロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』の一節。


「裸になり、きれいにして、皆で歌を歌い、昔の踊りをみんなで踊り、自分の椅子に彫刻し、自分の紋章を自分で刺繍する、そういうことを学ぶべきです。そうすれば金はいらなくなります。産業問題を解決する方法はただこれのみです。」(p.233)



「自分の紋章を自分で刺繍する」。


なんというカッコいいセリフだ。それは自分と社会、理想と現実を、繋ぎ止めると言う意味でも、示唆的である。私が個人的に歌を作り、歌っているのも、そういうことである、と改めて自覚される。

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