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20240601ネガポジ弾き語りライブ

  • 2024年6月4日
  • 読了時間: 3分

20240601

ネガポジ

弾き語りライブ

w/小西大樹/岡本終/お寿司のともみ

 

1.     鹿がぼくを見ている

2.     博物館では中学生が…

3.     play a blue marble

4.     節分祭

5.     花は泣かない

6.     夏のキャタピラ




 

先週のサブマリンのライブに続いて、ネガポジのライブ。二週続けてのライブとなった。そのために、セトリも変更している。

 

ギターを鳴らさない歌と、鳴らす歌のメリハリがついていて、よいセトリだったと思う。これは、この日のPAの有本の意見でもそうであった。

 

このことについては、弾き語りライブの本数が減っている、ということが良い方に傾いたということになろうと思う。というのも、ライブ本数が多いと、その分、新曲の発表も多くなる。そうなると、新曲をやる回数が多くなっていく。それらの新曲は同じ時期に作られるので、似たような作風になることが多い。そうすると、一つのライブに、似た楽曲が集まる、ということになるのである。

 

それが、今回のようにライブの頻度が下がって、前のライブから間があいていたので、ある意味で「集大成」のライブにすることができた、と思う。

 

とはいえ、新曲が少ない、というのは寂しいものである。また作っていきたいと思う。ライブが終わると、しばらくして、また作りたくなってきた。

 

最近は、バンドメンバーに作曲をしてもらう、ということになっているので、作詞のみをすることが多い。これからは自分での作詞作曲の歌も作ろうと思う。

 

この日歌った「花は泣かない」は久しぶりに自分の作詞作曲で作った歌である。逆説的に、これは、バンドメンバーに作曲をし続けてもらうなかでしか、生まれなかった作品だとも思う。他の人の作曲などを知ることで、では、自分の個性的な作曲とはなんであろうか、と立ち返った作品になったと思う。昔からの私の歌であるplay a blue marble、ブルーサルビアのにおい、アイラブユーだったよ、などの作品と同じ手法を使って作った作品である。

 

play a blue marbleは今から15年ほど前に、私が20代前半で作った歌であるが、これを作る前日に日記でこう書いたことを覚えている。

 

「とにかくコードを3つ適当に決める。そのうえで歌詞をつむいでいく。」

 

私が歌いたいことはあの日からなにも変わっていない。それは、どれだけ大人になっても、社会に出て認められても、変わることがないようである。

 

それが仏教でいうところの「無明」である、ということが最近分かってはきている。「生きたいという盲目的な意志」というように西洋の哲学者は翻訳しているところのものである。

 

旅先で何万歩も歩いていると、ただ生きていたいようなじぶんのどうしようもない貪欲さが見えてくる。

 

それを歌っている。それを歌うということはどういうことなのか。

 

「無明」は「明かり」が「無い」と書く。歌うことは、明かりの無い暗い闇を照らすこと、なのかもしれない。

 
 
 

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